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2010年9月11日 (土)

第25回アメリカ横断ウルトラクイズ・米同時多発テロ

「アメリカ横断ウルトラクイズ」が青春だった。
ウルトラクイズのチャンピオンになることが夢だった。
ウルトラクイズに人生の全てを捧げていた。

過去を振り返ったときに自分の人生に多大な影響を与えてくれた。
それくらいこの番組の魅力に取り付かれていた。

2001年9月11日。米同時多発テロが起こったのは、もう9年前の出来事である。
番組が92年(16回)で打ち切りされずに、以降も継続的に毎年開催されていれば
2001年は25回大会を迎えていたハズだ。

気心を知れたクイズ仲間からよく質問されることがある。
「もし、あのまま番組が続いていたら2001年(25回大会)はどうなっていたのか?」
例年、成田の国内第2次予選は8月下旬から9月上旬に行われていたので、順当にいけば
グァム、ハワイを通過しアメリカ本土に上陸したあたりと推測される。

果たして番組側は、この同時多発テロという現実をどのように受け止めたのだろうか。
参加者やスタッフの安全面を考え、収録は中止されたのか。
他の都市ならいざ知れず、事故現場となったニューヨークはクイズ王誕生の決勝地であり、
ウルトラクイズ参加者が憧れを抱く聖地なのだ。

結論を言えば、ズルイようだが「どうなったかは誰にも分からない」である。
ただ、個人的な推測を述べれば番組収録は可能な範囲で続行され、例年通り放送されたと予測する。

間違いなくOPにはツインタワーの崩落場面が映し出され、悲劇を伝えつつもニューヨークを
目指すというスタンスを選択したと思う。
その場合、東京ドームの国内第1次予選では必ず字幕スーパーが入るだろうな。
※この予選はいついつ収録したものです。みたいなのがね。

ニューヨークでの決勝も超厳戒態勢のため、ヘリコプターでの空撮(挑戦者紹介)は
まず無理だっただろうし、リバティ島やプリンセス号での収録もどうだったかは微妙なところだろう。
とにかく、この2001年9月11日。米同時多発テロはウルトラクイズファンはもちろん、
全人類に衝撃的な印象を与えた21世紀の出来事として記憶に残っていくことだろう。

本来このブログは明日“クイズの日”をもじった9月12日にスタートを始める予定であったが
テストの意味合いを込めて実験的に本日から始めてみることにした。

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