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2010年10月26日 (火)

ウルトラクイズとの衝撃的な出会い

ワタシが少年だった頃は、視聴者参加のクイズ番組が華盛りで「ベルトクイズQ&Q」「アップダウンクイズ」「タイムショック」「クイズグランプリ」「パネルクイズアタック25」などが放送されていた。

どこの家庭もそれなりにクイズ番組は見ていたことだろう。我が家も例外なくそんな家庭だった。

1977年「史上最大!!アメリカ横断ウルトラクイズ」は放送された。当時のワタシは小学3年生。
この年は、巨人の王選手が756本塁打を記録した年で、ワタシも後楽園球場に連れて行ったもらった記憶がある。実際には、755号を目撃し、残念ながら記録達成の瞬間には立ち会えなかった。

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テレビでは、こないだ行ったばかりの後楽園球場が映る。興味深く番組を見守った。
「ニューヨークへ行きたいですか?」福留功男アナの第一声だった。
スタンドで○と×の札を掲げ、不正解だと失格していく。勝者は羽田空港へ、前代未聞のジャンケン。子供にも十分理解出来るシンプルさ。飛行機での機内クイズ、失格者は同じ飛行機で日本へ強制送還。

グァム、青空の下で行われる○×クイズ。ハワイでは、ウルトラハットが初登場。カラフルな帽子に星が描かれていて子供心をくすぐる仕掛け。一対一の船上クイズと駒を進め、敗者は罰ゲームを受けて強制送還されるという斬新さ。サンディエゴでのゲスト三択。

そのスケールの大きさ、壮大なアメリカを舞台に繰り広げられるクイズに完全に魅せられてしまった。

衝撃だった。何だか分からないけどスゴイ面白い!!スタジオで行われるクイズ番組とは違って、勝者のみが旅を続け、敗者は切り捨てられていく。こんな番組見たことない!!

翌週の放送が待ちきれないほど、毎日毎日ワクワクソワソワしていた。

後編、フェニックスでは、サボテンをバックに荒野溢れる早押しクイズ。ダラスでは、牧場での早押し。ニューオリンズでは船上音楽クイズ。準決勝、アトランタで2名が決定。コンピューター予想は松尾さんに軍配を上げる。
決勝、ニューヨークの摩天楼を2機のヘリコプターが旋回し、パンナムビルの屋上で決戦。

「瀬戸口藤吉!」で、クイズ王が決まった。優勝した松尾清三さんの凄さ。
「世の中にはなんてスゴイ人がいるんだろう」と心底、感動したのを昨日のことのように憶えている。
ニューヨークをバックに、飛び跳ねて喜びを表現している姿が目に焼き付く。
優勝商品はラスベガスの土地1226坪。砂漠を一歩一歩、踏みしめる姿がとても印象に残っている。

これがワタシのウルトラクイズとの出会いだった。

ウルトラクイズはもともと、日本テレビの開局25周年記念番組(木曜スペシャル枠)として企画され、以後は人気が継続したため92年の16回大会まで放送されることになる。以後、98年に「今世紀最後!アメリカ横断ウルトラクイズ」の単発スペシャル番組として復活を果たすものの、以降は続編は制作されていない。

■本日のクイズデリバリー(★)No.23
1963年に最初の発電に成功した日本初の原子力研究所があった茨城県の村の名前は何でしょう?

OPENまで…あとthreesixshine

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