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2010年11月22日 (月)

2008年11月22日“限りなく死に近かった日”(前編)

11月22日は、世間的には「いい夫婦の日」であるが、我が家では、ちょっと事情が違う。
こんな風に書くと夫婦仲が悪いみたいだが、そんなことは一切なく普通の家庭よりは、関係は良好。夫婦仲はいい方だと思う。

実は、2年前のこの日、ワタシは緊急手術で命拾いをした日なのである。

■思考能力ゼロ状態
この日から、さかのぼること1ヶ月くらい前の10月。この時期あたりから体調に異変を感じていた。風邪のような症状で常にダルさを感じ、寝たきりのような状況が何日も続いた。病院で診察してもらっても異常は見受けられない。

帰宅して普段の生活に戻るものの、状況は全く改善しなかった。

頭は、ボーとしたような感じで思考能力さえない。何も考えつかない。自分が自分じゃないような感覚に襲われていた。

ショックだったのは、子供乗せ自転車さえ乗れなくなってしまったこと。普段と同じように娘を自転車に乗せ外出しようとしたら、全く自転車を漕げずに倒れてしまったのだ。(この時点で三半規管をやられていたと気づくべきだった)さすがにこのときは、何かがおかしいと感じたものの何が原因かは分からなかった。

この時期は、普通に真っ直ぐ歩くことさえも多少困難になってきていた。

恥を承知で告白するが、排泄(おしっこ)にも異常が見受けられた。自分では完全に出し切ったつもりでも直後に、スエットのズボンやパンツが濡れている。(のちに判明したのは、該当した病気にこの症状が当てはまるということ)排泄のコントロールさえ自分では出来なくなってしまっていた。

こんなことの繰り返しで毎日、微熱とダルさと戦い、額にデコデコクールを貼って寝こむ毎日。

■救急車で運ばれ緊急手術
こんな日々を1ヶ月以上も続けていたある日、異常を感じ取っていた妻に強く説得され、再度朝イチで病院へ。(この前の週にも診察を受けていたが、異常は見受けられなかった。)
※この選択が、のちのちの運命を大きく変えることになるターニングポイントだった。

普段は、自転車でカンタンに通える距離なのに、わざわざバスを使って行ったほど体力が衰弱。

診察で症状を伝えるものの、やはり異常は見受けられなかった。処方された薬でも効き目がないということと「意識が朦朧(もうろう)としている」とのことで、念のためにCTを撮ることに。

薄れていく意識のなかで、病院内がドタバタと慌ただしく騒ぎ始めていく。

妻に説明する声が耳に届いた。
「ご主人は脳内出血をされています!!」(聞きながら「あぁ~そうなんだぁ~。オレどうなっちゃうんだろう。」カラダが言うことを効かないので、周りに状況をゆだねるしかなかった。)

「幸い病院を押さえることができ、手術をする先生も手配出来ましたので救急車で向かうことになります」病院から病院へと救急車で、搬送されることになった。

ストレッチャーで運ばれるとき、声をかけてくれた先生の言葉を今でもハッキリ憶えている。
「きょう(診察に来て)で良かったな!!助かるぞ」

なんとか、近くの獨協大学病院(越谷市)に運ばれ即座に緊急手術。

家族には、約2時間と伝えられていた手術時間は大幅に過ぎ、終わってみれば約4時間の大手術だった。手術は、なんとか無事に終了。
病室で目覚めたのは約2時間後の午後8時過ぎ。家族はひたすら見守って看病していてくれた。

病名は「慢性硬膜下血腫」と告げられた。

OPENまで…あとnineshine

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