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2012年5月28日 (月)

第2回ウルトラクイズ 元祖クイズ荒らし登場!!

第1回の衝撃が凄かったため、以降は毎週のように、新聞で木曜スペシャルの番組欄をチェックする日々が続いた。(当時は、テレビ雑誌などが皆無で、新聞のテレビ欄で当日の番組を知るのがあたりまえの時代だった。)

「また見たい」と思い続けながらも、番組を忘れかけていた1年後の1978年、その願いは叶った。※当時、ワタシは小学4年生。
ただ見るだけの番組なのに、番組名を見つけたときは飛び上がって喜んだ。それぐらい自分の心のなかでは、大きな存在になっていた。

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「第2回アメリカ横断ウルトラクイズ」
ワクワクとドキドキを抱えながら、番組を見守っていく。スタートは前回同様、後楽園球場。前回と違うのは、○×クイズはグラウンドから行われ参加人数もかなりの人数に感じられた。【700→100】

問題が出題されると、○×それぞれ正解だと思う方へ移動、もちろん間違えれば失格。
走って移動する光景がなんとも斬新に感じられ、未知なる興奮をおぼえた。

第2次予選は成田空港。おなじみのジャンケン勝負も単純に楽しめた。【100→50】

第1チェックポイントの機内ペーパークイズ。500問という数字は、当時の小学生からすれば無限の問題数に感じられ圧倒させられる。
タラップを降りてくる挑戦者の悲喜こもごもが展開され、そのなかで機内1位として紹介されたのが北川宣浩さんだった。

初めて見た感想は、ビジュアル的に「カッコイイ”ヒーロー顔のお兄さん”」という印象を受けたのを覚えている。まるで、仮面ライダーや怪傑ズバットの主人公のようなイケメンさ(?)ぶりに期待を感じたのだ。

もちろん視聴者の注目が集まる順位なので、優勝候補の筆頭として俄然、北川さんに注目することになる。
敗者は強制送還で、そのまま日帰りUターン帰国する光景は、子どもながらにもドライに感じられウルトラクイズの本気さを思い知らされる。【50→40】

第2チェックポイント。
サイパンのビーチで札上げ○×クイズ。”サドンデス勝負”で、まさかの展開、勝者のなかに北川さんの姿を探すが見当たらない。
北川さんは敗者になってしまい愕然とさせられる。空港前で行われた敗者復活戦の「アルファベットカルタクイズ」でみごとな復活を遂げ、ホッと一安心。
※アルファベットの一文字がカルタになっており、正解と思う札を取り合う形式。この頃には、勝手に応援団気分で感情移入していた。【40→20】

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■圧倒的な強さでクイズ王に
その後は、ハワイ「記憶力クイズ」、サンフランシスコ「3択ゲストクイズ」、レイク・タホ「一問多答クイズ」、リノ「フォーチューンウィル(幸運の輪)クイズ」、デンバー、シカゴ「国際電話インスピレーションクイズ」、ナイアガラ、ボストン「バルーン・アップダウンクイズ」と、ほとんどのチェックポイントを1位で通過した北川さんは、圧倒的な強さを誇っていた。

この回のチェックポイントでは、リノが特に記憶に強く残っている。ウルトラクイズは、野外ロケで行われるのが基本なのに、カジノを舞台に室内でのクイズという見慣れない風景が印象的だった。

風景では、ナイアガラの滝の圧倒的なスケールとアメリカに広がる自然の雄大さにも驚かされる。

クイズ形式では、「国際電話インスピレーションクイズ」が大変そうで家族の協力が必要とされ、自身の実力だけでは勝ち進めないという厳しさが”クイズ王”への道のりは大変なんだなと感じさせられた。

ボストン(準決勝)、熱気球に乗ってクイズを行うという壮大なスケール感にも手に汗を握って見守った。ここでは、1問目を間違えたのは北川さんだけで不安にさせられるが、見事ニューヨークへのチケットを手にする。【4→2】

決勝戦、ヘリコプターに搭乗し、ニューヨークの摩天楼のなかを突き進んでいく風景は壮観さを感じた。前年も見た、あのパンナムビルが舞台、快調にポイントを重ねていく。そんななかボタンを押す指がふるえている映像は、テレビを見ていても緊張感が伝わってくる。

優勝を決めた問題は「バイオリン!!」この瞬間、2代目のクイズ王として北川宣浩さんが栄冠に輝いた。

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前年の松尾さん同様、チャンピオンとなった北川さんの喜びは爆発していた。福留さんと相撲を取るシーンなどもなんかわからないけど凄かった。優勝商品は、家族をニューヨークに招待した旅行で、成田空港で待機したご家族が決勝直後に合流というものだった。

3週間の放送期間はホントにワクワクさせられた。放送日の木曜日が待ちきれなくて絶えず時間を気にしていたことを鮮明に覚えている。前回以上に感激して、ますますウルトラクイズの虜になっていく自分がそこにいた。

1回目から比べると、全体的に挑戦者の若返りが目立ち、爽やかな印象を受けた回でもあった。もちろん、当時は小学4年生だったので問題はサッパリわからなかったが、そんな問題を次々と正解し、勝ち抜いていく人々がカッコよく感じられたものだ。※当時は、編集されていたことなど想像も出来ない世界だったので、ただただ驚かされっぱなし。

■元祖クイズ荒らし!!
北川さんは、ウルトラクイズのみならず他のクイズ番組に登場し、次々と優勝をさらっていく「元祖クイズ荒らし」として活躍された。

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※1985年に発売された「TVクイズまる金必勝マニュアル」の腰巻(帯)に「元祖クイズ荒らし」と書かれていたので便宜上、この表現を使っている。
これは同時期に発売された道蔦岳史さんの「TVクイズで10倍儲ける本」に対抗して、出版社側がこの表現を使いたかったのだと思う。

個人的には、小山鎮男さんらテレビ創世記に活躍された方たちが「元祖クイズ荒らし」と呼ばれる存在で、北川さんらは次の”第2世代”あたりに位置するクイズ荒らしだったのではないだろうかと勝手に推測している。

その後のウルトラクイズにおいて、北川さんは様々な記録を打ち立てていく重要なキャラクターとして登場した。
第3回後楽園予選では、ゾーンとは違うボール(○なら赤いボール、×なら白いボール)をつかんでしまったということでレフリーにつまみ出されて失格。※後にも先にもこういうシーンを番組で放送したのはこれっきり。第4回では、クイズ王初の第一次予選突破、機内でも堂々の1位を獲得し、2度目の快挙を成し遂げる。グァムで初めて行われたドロンコクイズでは、記念すべき第1号の挑戦となり最初に泥にハマッた挑戦者でもある。

そして、有名なところでは、第6回の1問目事件など枚挙にいとまがない。15回のドーム予選では、通過間際まで勝ち残り、3度目の快挙が成るかとファンを熱狂させる。※残念ながら通過はならなかった。特にこの年は福澤朗アナの初司会で、ふたりの絡みを見てみたかったと期待するファンは多かった。しかし、北川さんの凄さはこれだけではとても語れないのだ。これらは、いずれ書くであろう「TVクイズ大研究」編で語りたいと思う。

Dscf4643【名フレーズ】
高校野球(甲子園)で、活躍しまくった清原和博選手に「甲子園は清原のためにあるのかぁー!?」という有名な絶叫フレーズがあるが、これをあてはめれば「ウルトラクイズは北川のためにあるのかぁー!?」と言えるかもしれない。それぐらいウルトラクイズにとって北川さんの活躍は切り離せないものなのだ。

■本日のクイズデリバリー(★★)No.99
マンガ「銀河鉄道999」(アンドロメダ編)で、地球を出発した999が最初に停車した惑星はどこでしょう?

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